今朝は長野県に入り道の駅「みまき」で迎えています。
駐車場は広いがトラックの数が多く一晩中エンジン音が響いていました。温泉はぬるめの露天風呂も広くゆっくりつかっていられる良い風呂でした。
ここ道の駅「みまき」の標高は550m、富岡からここに来るに1000m近くの峠を越えてきた、日光から長野に抜けるには近いルートでは一番低い峠越えと思う(地図とにらめっこして自分で判断)。一番の近道は120号線~145号線~292号線を走るルート、この車では一日かけても登れないであろうイロハ坂~日本の国道で最高地点2172mを走る国道がある。このあたりには浅間山他2000m超えの山が連なっている、しっかり地図とにらめっこしながらルートを決めなければJAFのお世話になりかねない。
昨日は旧富岡製糸工場を見学、詳しくは下記の富岡製糸のホームパージをご覧下さい。
富岡製糸
市営駐車場に車を入れ徒歩5分ほど、先の突き当りが富岡製糸、通りには絹に関するお店屋さんが多い。
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突き当りが富岡製糸
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正面・東置繭所
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ガイドツアーに参加
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1階は事務所・作業所など、2階に乾燥させた繭を貯蔵、建物は木材で骨組みを造り、壁に煉瓦を用いた「木骨煉瓦造」という工法で建てられた。使用された煉瓦は日本の煉瓦職人が窯を築いて作った。
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明治5年建築・長さ104.4m・幅12.3m・高さ14.8m
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女工館
日本人工女に機械による糸取の技術を教えるために雇われたフランス人女性教師の住居として建設された。
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操糸所
長さ140.4m・幅12.3m・高さ12.1m
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ズート先まで。
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後に導入された自動操糸機
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自動で繭が運ばれる機械、最初は人力で。
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診療所
当時300人~500人の女工さんがいて診療は無料で受けられた。
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首長館(ブリュナ館)
指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居、後に建物は宿舎や工女に読み書きや裁縫などを教える学校として利用され、これは企業内教育の先駆けといえる。
賃金も当時としては珍しい給料制、それも能率給、もらう人で1円75銭、低い人で75銭ほど、家が数百円で建つ時代、賃金として良い方だったらしい。
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明治6年建築
床面積320坪、地下にはワインなど納める食品貯蔵庫も作られていた。
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操糸所の屋根は繭を炊いた湯気が抜けるようになっている。
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日本で一番古い避雷針。
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検査人館
生糸の検査などを担当したフランス人男性技術者の住居として造られた。
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ブリュナエンジン(復元機)電気のない時代に石炭を炊き蒸気の力で発電していた。
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やっぱりでました。
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撮ってもらいました。
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良いとこ見学できました。
このような場所は一人で回っても陳分かんぷん、200円で1時間弱のガイドツアーしっかり勉強させていただきました。
夕食、同じ生活が長く続けば作るのが面倒なときもある、冷蔵庫をみても同じものが多い4分クッキングなど、そんなときはこんなもので。焼酎が美味しければ何でもよのだが、タコ刺しに烏賊と芋の煮物、枝豆は前の晩の残り、ほとんどの道ので”みょうが”を売っているが、もうぼちぼちお終いのようだ、花が付き始めている。
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来るときには素通りした長野を今日から散策、湯沢温泉村まで行きたいが山越えになるか?善光寺までにするかどうしましょうかね?峠越えは車が”しんどい”と言っているのが聞こえるような。